なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

黙想と祈りの夕べ通信(46、復刻版)

 教会のメンバーの中には平和を守るためには軍隊が必要であるという考えの持ち主もいます。私は軍隊はいらないという考えですが、そのような私の考え方に対して「絶対平和主義」では国を守ることはできないという批判を一部の教会員の方から今までも受けてきました。現実の世界は、いまだ国民国家による分断にありますので、国家間の戦争が起こる危険性はまだまだ多いことは確かです。しかし、今後世界が一つの国のようになるのか、それぞれの民族的な独自性をもった国を、現在の国連のようなものではなく、もっと大国にも歯止めがかけられる力を持った国際的な調整機関でまとめていくのか、その将来像はまだはっきりと描けませんが、国民国家のエゴイズムが優っている現在の世界が変わって行く可能性はあると思われます。現在の枠組みを前提にして考えるのではなく、イエスの解放の福音が示す射程から考え、行動していきたいものです。以下、今日は、「黙想と祈りの夕べ通信」(46、復刻版)を掲載します。

黙想と祈りの夕べ
   (通信 46 2000・ 8・13発行)

 去る日曜日には「平和聖日」の礼拝がありました。ヒロシマに原爆が落とされた日でもあり、毎年8月には特に、平和への熱い願いがよみがえります。私は、戦前の教会の戦争協力を思うときに、神道系の教団の弾圧、特に天理教から分かれた「ほんみち」のことが思い起こされます。以前に「ほんみち」について書かれた書物を2、3冊読んで、衝撃を受けたことがあります。まず教会で言えば牧師に当たる「ほんみち」の教職が戦時下に大量に獄中に捕らえられたときに、その教職の家族の生活を信徒が支えて、教職が転向せずにその信仰を貫いたということです。このことは、教団で言えば、6部9部のホ-リネス教団の教職の検挙に重なります。けれども、教団の場合は、検挙された教職や家族を支えるどころか、自発的辞任と教会解散をすすめたのです。もうひとつは、「ほんみち」の場合、信徒が戦争に行った場合には、銃を空に向かって撃てと徹底的に教育したというのです。教団に所属する教職・信徒のその信仰による一体性という点で、戦時下の教会は「ほんみち」以下だったように思えてなりません。戦時下教団の教職の多くは、家族や信徒を顧慮してか、自らの信仰を貫くのではなく、妥協の道を歩んだように思えます。私の神学校在学中、当時の学長T先生は、その授業で戦時下のような状況が再び来たならば、私は教会を解散して、一人で闘うという主旨のことをおっしゃいました。今でもその先生の言葉が印象的です。教会を守るためにということと、私たちがイエスに従うということはどう結びつくのでしょうか。前回の「黙想と祈りの夕べ」の「分かち合い」では、上記のような話を私はしました。

 続いて一人の姉妹が、ボンフェッファ-の6日の言葉、「真にキリスト教的責任と言えるものは、世俗の行為全体を包括するもので、決して何かある宗教的領域に限定することは許されない」や10日の言葉(通信参照)を読んで、また今日の平和聖日の祈りの言葉を通して、自分は信仰を自分自身の個人的内面の安定や愛の満足度を満たすために求めて来たように思う。社会に対する責任について改めて考えさせられた。教会は狭く教会や教会員の平和だけではなく、全ての人の平和を祈るところではないか。平和を求めることには、怒るときに怒ることも必要に思う。真の平和とは何か。個々人の日々の生活の中でしっかりと社会に視点を据えて歩める者でありたいと思う、と言われました。

 また、一人の兄弟が以下のよな発言をしました。自分は去年は平和聖日の礼拝に不参加だったが、今年は参加した。自分は国家が軍隊を持つのは当然と考えている者である。7年前佐世保基地に仕事で行った時、シュプレヒコ-ルする市民に出会った。自分は何だろうか、どこの立場に立っているのか考えさせられた。信仰の立場もいろいろある。神との関係を基にして、人とのつながりを持つことが必要だと思う。昨今東南アジアに日本の企業が進出しているが、現地の人たちは日本に期待している反面、日本人は昔と変わらないのでは、という不安もある。日本人は組織の中で存在感を満たし、個人=自分自身を持たないという点で、昔も今も変わらないように思われる。個人ということを大切にしなければと考えさせられていると。

 教会の称える絶対平和主義では平和は守れない。国家には適正な軍備も必要である。国民国家を前提にした現在の世界情勢においては、軍事力のバランスを踏まえないでは、現実的な平和はないという意見もあります。どうでしょうか。