なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

第一回口頭弁論原告意見陳述

 昨日、午前中に小沢一郎の裁判が行われた東京地裁で、私の第一回口頭弁論が行われました。弁護士からは前以て20分ぐらいで終わりますよと言われていましたが、実際には1時間かかりました。裁判には教団側から、石橋秀雄議長が二人の弁護士と被告席に座り、傍聴席に内藤留幸総幹事、藤盛、道家幹事、高橋前年金局理事長がいました。私は原告席に4人の弁護士と座り、被告側と対峙しました。法廷は東京地裁では一番広い103号法廷で、傍聴者は98名入れます。昨日は傍聴者が150名を越えるほど来てくださったようで、裁判の途中で50名ほどの入れ替えがありました。裁判後に日比谷図書館の大ホール(207名収容)に移り、報告集会を開きましたが、その報告集会にも170名以上参加してくださり、ホールの席が一杯になる感じでした。
 
 傍聴には、九州や北海道からもかけつけてくださった方がありました。ありがとうございました。
 
 この第一回口頭弁論と報告集会については支援会でまとめて通信2号にして、皆様にお送りできると思います。
 
 私の原告意見陳述は、裁判所に提出した原告意見陳書ですと、前以て練習して読み上げましたが、7分30秒かかりました。前日の弁護士からのメールでは5分くらいが適当とありましたので、急遽前半部分を一部カットして原告意見陳述としました。今日はその私の意見陳述を掲載いたします。

        
        第1回原告意見陳述書            北 村 慈 郎

 〇笋1959年12月のクリスマスに日本基督教団紅葉坂教会で洗礼を受け日本基督教団の信徒になりました。高校3年生の時です。その頃私は人間不信と自己嫌悪に陥っていました。人は裏切ってもイエスとイエスの神は人を裏切らないという確信を与えられ、その信仰を力として生きていけるのではないかと思いました。数年後の母の死を契機に、自分が洗礼を受けて与えられたイエスへの信頼という信仰を、自分だけのものにしておくのではなく、多くの人と共有したいと思うようになりました。そこで牧師養成を目的とする日本基督教団東京神学大学に学び、日本基督教団の教師として日本基督教団の教会で働いてきました。

◆/棲惺擦鮟个萄能蕕頬匯佞箸靴篤いた教会時代、当時廃品回収によってかろうじて生き延びていた一人のおばあさんの死を通して、「信仰とは、教会とは何か」という根底的な問いを突き付けられました。生きるか死ぬかという人間の限界状況に投げ出されて、もがきあがきながら生活しているという人の前では、それまでの自分の伝統的な信仰では通用しないのではとないかと思うようになり、一度は牧師をやめてしまおうかとも思いました。しかし、自分が牧師の道を選んだことの中には、自分だけの意志ではないようにも感じられやめることができませんでした。その後、この問いにどう答えられるか模索を続け、1983年頃自分なりの答えを見出すことができました。ひと言で言えば、イエスがこの世で「最も小さくされている人」に連帯しつつ十字架の死に至るまで歩まれたそのイエスの生き様に倣うとうことです。

 それから30年近くの間、私はこの考え方に従って、誠実に日本基督教団の教師の一人として、日本基督教団から戒規免職処分を受けるまで、三つの教会で働きましたが、多くの信徒から信頼を得てやってきたと思っています。

ぁ〇笋汎韻犬茲Δ帽佑┐詢場の牧師や信徒は、日本基督教団の中にもかなりいます。この人びとに推されて、2002年から神奈川教区選出の日本基督教団総会議員になりました。また、2004年の教団総会では教団の執行部に当たる常議員に選出され、以後免職処分を受け中断されるまで、引き続き3期6年間、教団常議員を務めました。この間、私は教団の規則を大切にしながら、同時に教団の将来を考えて、誠実に務めを果たしてきたつもりです。

ァ‘鐱楷霪超誼弔了笋紡个垢覯鋧免職処分において、何よりも私が納得できないのは、現教団執行部が、40年以上に亘っていっしょに教団を守り、造ってきた仲間の一人である私に対して、いきなり免職という暴力をもって切り捨てにかかったことです。確かに現教団執行部と私との間には、大きな意見の違いがあります。しかしこれは、教団内部できちんと議論して、建設的に克服して行くべきものと考えます。その努力をせずに、自分たちの考えとは違う私のような者を、無理なやり方で切り捨てて排除することは許されません。この無理を押し通すために、現教団執行部は、教団の規則を恣意的に解釈したり、教団総会決議に違反したり、戒規を扱う委員会が勝手に内規を変えたりという、違法・不当な行為を繰り返して、私を戒規免職処分にしたのです。このようなやり方で一人の教師の生涯をかけて積み上げてきたものを葬り去るのは、非道であると言わざるを得ません。

Α〇笋脇鐱楷霪超誼弔龍飢颪龍技佞任△襪海箸鯊臉擇砲掘△修瞭きに心血を注いできたつもりです。そのことは私自身の人間としての尊厳の一つに属するものです。そのような私から日本基督教団執行部は強権的に教師籍を剥奪し、日本基督教団から私の存在と記憶を抹殺しようとしています。そのやり方は、到底承服できません。また、私にしたのと同じ戒規免職処分が他の教師にも行われるのではないかと考えると、私は黙っていることができませんでした。何としても戒規免職処分を教団に撤回してもらわなければなりません。

А〇笋硫鋧免職については、全国で約半数の教区が、教団に撤回を求める決議をしております。戒規免職撤回を求める署名も6,000名の方からいただいています。しかし、現在の教団執行部は、それら一切に耳を閉ざしてきました。2010年開催の第37回総会では、神奈川教区などから提出されていた戒規免職撤回を求める教区提案議案を審議に載せることもせず、葬り去りました。違法を繰り返して行われた私に対する非道な権利侵害は、基本的人権を保障した日本国憲法下に設立された宗教法人において許されてはならないものと考えます。この問題を、私は何とかして教団内で解決すべく努力してきましたが、教団は受け容れてくれず、他に方法もないことからやむなく、裁判所の公正な判断をいただきたく、提訴しました。どうか私の主張をお聞きくださり、公正な裁判を行っていただけますよう、よろしくお願い申し上げます。