なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

船越通信(78)

船越通信癸沓検  。横娃隠嫁10月14日     

・10月7日の日曜日は月の第一日曜日ですので、礼拝後テーマ話し合いがありました。今回の発題はCさんでした。発題の内容は「ことば」についてです。以下発題の内容を私のメモから記しておきます。

・小学生のときに国語の先生に教科書を読むように言われたりすると、緊張して顔が真っ赤になり読めなくなってしまった。それ以来国語は苦手の学科になったが、大人になって朗読の勉強をする機会に恵まれ、講師の厳しい指導によって言葉について教えられることが多かった。障がい児の仕事をするようになり、また性差別の問題に関わるようになって、言葉の問題を意識するようになった。教会関係の性差別に関わる者の中では「牧師夫人」とか「父なる神」という言い方を問題にし、その言い方や教職を「先生」と呼ぶのもやめようというコンセンサスが出来ていたように思うが、メンバーチェンジによって最近は上記の言葉が抵抗なく語られたり、教職に対して「先生」という呼び方がされるようになってきている。

・主の祈りで「父なる神よ」と祈るが、自分は父が戦死して生前の父と一度も会ったことがないので、神を想像上の父とダブらせて主の祈りでは「父なる神よ」と祈ることに抵抗なく、以前は大きな声で「父なる神よ」と祈っていた。ところが、ある方にCさんは大きな声で「父なる神よ」と祈るよねと言われ、その方と一緒の時は「主なる神さま」と言うようにした。ある時主の祈りを隠退した(男性の)牧師が「父なる神よ」ではなく「主なる神よ」と祈り、讃美歌の歌詞の「父なる神」を同じようにして歌っていたのに出会って、感動した。今は自分も「父なる神」とは言えなくなった。

・性差別問題と共に障がい児問題と関わる中で、ある方が障がいのある子を背負っているときに、人から「何歳ですか」と言われるのがつらいと言われた。M教会時代に日曜学校で、「何年生」と言うのをやめることにした。不登校の子もいるので、名簿から学年をはずしたことがある。集会の時に、途上にある人の「足をお守りください」と祈ることがあるが、足の不自由な人が「障がいをもっていることがいけないのか」と言ったことがある。障がいのある子をもつ母親が自分のブログで、交通手段がないことを「足がない」と表現して書いていた。一つの差別には敏感だが他の差別には鈍感ということがある。

・性差別については、女らしくとか、男らしくとか、こうあらねばならぬという枠組みにとらわれ易い。自分は若い時に男性のいない職場で働いていたので、差別を感じることがなかった。結婚して子どもが3人、女の子1人、男の子2人が与えられた。男の子と女の子では自分の悩み方が違った。女の子は大人になって結婚して連れ合いに食べさせてもらうという観念がどこかにあり、男の子に対するよりもどこか甘くせっしているのを感じ、自分の中にある差別を感じた。結婚している人に、「お子さんはまだ」と聞いたり、独身の人に「結婚はまだ」と聞くことがある。教会では特に独身男性牧師に信徒が聞くことがある。それで傷つく人も多い。教会には「聖家族」のイメージがあり、社会の中で教会が最も保守的ではないか。

・人を枠にはめ込むところには解放はないと思う。言葉の一つ一つを丁寧に考えていくことが大切ではないか。教会にはじめて来られた方にどういう言葉をかけるか。はじめての言葉が大切である。そうなると無口になってしまう。自分が親切心で聞いたことが、相手を傷つけることもある。

・教会の中での牧師と信徒の関係で、牧師をたてまつることがあるが、聖書の学びでは教師であっても、人生の経験では先輩の信徒も多い。対等な関係をつくるにはどうしたらいいか。敬語の使い方も難しい。平らな関係が望ましい。その点で船越教会は安心していられる。

・性差別から言うと、漢字で女へんのつく語の中に差別語が多い。男へんの漢字にはないのでは。作られた概念や枠組みに無自覚なのではなく、その枠を取り除いていくことが大切である。「父なる神」は考えていくべき課題ではないか。お互いに聞かれてやだったことがあったら、それはやめてと言い合う関係が必要ではないか。セクシュアル・ハラスメントは関係性の問題で、「今日はきれいだね」とか「チャーミングだね」という言葉も相手によってはハラスメントになったり、ならなかったりする。関係性の中で言葉を丁寧に語り、相手を傷つけたり差別したりしないようにしたい。

・7日はテーマ話し合いの後昼食会・役員会がありました。夜はM教会でかながわ明日の教団を考える会がありました。かながわ明日の教団を考える会では、神奈川教区による東北大震災被災者支援の取り組みを支えていくこと、10月23日から開催される教団総会に向けて何ができるか、そして私の裁判支援について主に話し合いました。

・8日月曜日は体育の日祝日で、名古屋にいる娘の友人家族が鶴巻を訪ねてくれました。この夫婦の結婚式は、私が紅葉坂教会の牧師時代岐阜まで行って司式をしました。一人息子が中学2年生になって、1年か2年に一度くらいかと思いますが、会うたびにたくましく成長しているのを感じて嬉しく思いました。

・11日(木)は鶴巻から船越への移動日ですが、先週に続いてこの日も船越に来る前に辺野古新基地建設反対国会前座り込みに参加しました。連れ合いが性差別問題全国連絡会全国集会の準備の集まりに出席しなければなりませんでしたので、彼女一人が座り込みに参加できませんと、常連の座り込みの人数が3人になってしまいますので、そのような時は私が参加するようにしています。

・12日(金)には私の裁判支援会の事務局会が紅葉坂教会で行われました。教団総会会期中の24日(水)午後7時から行う「全国交流集会」の準備を中心に会が持たれました。私の裁判は12月3日(月)午前11時から東京地裁103号法廷(傍聴者98名)で口頭弁論が行われます。乞傍聴。