なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

黙想と祈りの夕べ通信(232)復刻版

 もう昨日になりますが、昨日鶴巻からの移動日で、船越教会に来ましたら、「キリスト新聞」が

ポストに入っていました。さっそく一面を見ましたら、私の控訴審判決のことが記事に載っていま

した。記事の内容は正確に書かれていると思いました。頭にきたのは、教団議長石橋秀雄氏のコメ

ントです。相変わらず「未受洗者への配餐」を勝手に教憲教規違反とした上で、私が教会法を越え

て司法へ訴えたことを批判し、私が悔い改めて教団教師への復帰を祈る、と言っているのです。

 前教団議長の山北宣久氏も、私を戒規免職処分にした教師委員会の委員長も、調査員長も、審判

委員長の現教団議長の石橋秀雄長氏も、一度たりとも真剣に、私に対して「未受洗者への配餐」が

いかに間違っていることなのかを説得しにきたことはありません。紅葉坂教会にも「未受洗者への

配餐」をやめるように言いに来た人はいません。私に対する教師退任勧告が出て、議長及び常議員

会による戒規申立の無効が教団総会で可決した直後に、唯一回非公式に当時教団議長だった山北宣

久氏が紅葉坂教会の役員会に来て話し合いをしただけです。その際、山北宣久氏は、「今後戒規で

おどかすことはしないから、紅葉坂教会が『未受洗者への配餐』の旗を振らないで欲しい」と言わ

れ、紅葉坂教会の役員会もその旨了解しました。しかし、その後山北宣久さんの意図を超えて、教

師委員会が戒規に関する内規を改訂してまで、組織的に私への戒規免職処分が行なわれたとしか思

えません。そうしておいて、私に対して「悔い改めて教団教師への復帰を祈る」などと言われて

も、その言葉をまともに受けることがどうしてできるでしょうか。

 教団側の弁護士島林樹氏は、その間の事情をどこまで御存じなのでしょうか。教団側の準備書面

では一貫して教義・信仰論として「戒規悔い改め論」を展開していますが、もしそうならば、戒規

受領者に対してはじめから「愛をもった」それにふさわしい関わりというものがあるのではないで

しょうか。現教団執行部の姿勢には自己相対化が全く感じられず、神を自分の側だけにつけて自己

絶対化しているとしか思えません。正に彼ら・彼女らからすれば、私は異端者そのものなのです。

 私は現教団執行部を批判はしますが、否定しようとは思いません。けれども、現教団執行部の側

は、私を否定排除したいのでしょう。このすれ違いを抱えながら、裁判はもちろん、裁判が終わっ

ても私は日本基督教団の一員として最後まで教団と関わり続けていくつもりです。


 さて、今日は「黙想と祈りの夕べ通信(232)」復刻版を掲載します。      



       黙想と祈りの夕べ通信(232[-23]2004・3.7発行)復刻版


 先週の月曜日から三日間大阪で行なわれた研修会に参加してきました。この研修会は関東神学ゼ

ミナール(神学校を卒業してではなく自力で牧師になろうとする人たちのための学びの場として作

られたが、現在では農村伝道神学校の学生が中心になっていると言う)を中心とした各地域での活

動している人たちが呼びかけ人となって開かれました。その中には一昨年の第33回合同後18回教団

総会で廃止された靖国天皇制情報センターをずっと担ってこられ、現在でも教団の委員会として

しではなく有志でセンターを続けていますOさんもいます。久しぶりにお会いして、お話しをしま

した。「70年の頃東京山手教会で開かれた東京教区総会に私も東京の下町の教会(足立梅田教会)

の牧師として出席して、その後の東京教区問題の発端となる場にいました。その時Oさんがヘルメ

ットをかぶって、旗を振っていたのを見ていますよ。私は教区執行部側が検問体制を引いて総会会

場に自由に入れなかったので、そんな総会には出たくないと思って、外にいました」と話しまし

た。すると、Oさんは、「暴力を振るったのはあの時一回だったが、教団の中ではその後もずっと

暴力を振るう人間に見られてきましたよ」と、笑いながらおっしゃいました。人のよいおじさんと

いう感じで。私とは方法論は少し違いますが、問題意識はOさんや大阪のKさんと共有するものが

あります。それはキリスト教が国家の枠組みの中で国家のイデオロギーの役割を担うことに対する

批判です。戦時下の日本のキリスト教がそうでしたし、現在でも市民社会の中で癒しや救い(個人

の内面の)を語るキリスト教が、社会の問題を捨象して、結果的に現実の国家を内側から擁護する

とすれば、今日のキリスト教そのものの内実は戦時下のキリスト教と同じなのです。私はそういう

問題意識をもって既成の教会を場にして取り組んでいますが、お二人は既成教会いへの批判を私な

どより徹底しておられると思います。

 さて、この研修会には台湾長老教会の方も出席されました。一日目の夜生野の焼肉屋さんで交流

会がありました。30人弱でしたが、この交流会はビールの乾杯で始まりました。私は同じテーブル

ではなかったのですが、後で聞きましたが、台湾長老教会の方は何故祈ってはじめないのかと、交

流会のあり様に戸惑いを感じておられたということでした。いろいろな面でキリスト教の多様化が

進行していることを実感させられました。

 上記の私の発言に続いて、一人の方からの発言がありました。今日日曜学校幼小科の説教のテキ

ストでも、消火礼拝の聖書でも、またこの黙想と祈りの夕べでも取り上げられたマタイ4:1-1

1のサタンの誘惑の記事との関連で、ラジオの深夜便で悪魔について話されていたことを思い出し

た。深夜便で悪魔はスマートに人間に近寄ってくると言われていた。大人にとっては、常識という

もので悪魔は近寄って来て、人間の本来あるべき姿を変えてしまいます。子どもにとっては、学校

教育とか大人たちが教育と称するものが悪魔になると言われていた。大変面白いと思った。確かに

私たちが自由に生きていこうとして常識から外れると、批判される。たから常識に従って生きよう

とする。常識は人間としての基本的なマナーとは違う。マナーは人間の最低限守らなければならな

いものだが、常識は違う。教育というものも場合によっては子どもたちにとって悪魔となるという

こともあるように思う。私たちが、イエスの自由さに倣って生きられないのは、常識という悪魔の

誘惑なのかもしれないと、今日の礼拝の中で思わされた。

 また別の方からの発言がありました。今日はSOGOテパートで開かれていた「戦争と子どもたち」

という写真展に行ってきた。第二次世界大戦の写真から9・11の写真まで展示されていた。その写

真を観ながら、ずーと戦争がなくならないのかと、とても悲しく感じた。今の世界でも戦争が起こ

っている。写真が撮られていないところでも起こっているのではと思い、何時になったら平和が来

るのか。本当に平和が来ることを祈っていきたい。



      「恵みのみことば」(『ルターによる日々のみことば』より)

 
 「あなたがたは、それをなし遂げることもできないのに、どうして、そのように主の命にそむく

  のか」  民数14:41

 ドイツにおいて、今日ほど神のみことばが多く聞かれたことは、これまでになかったと思いま

す。歴史上に、そのような足跡は見られませんでした。しかし、わたしたちが感謝も尊敬もなしに

過ごすならば、悪疫に苦しみ、より深い暗黒を体験しなければならないでしょう。親愛なるドイツ

の諸兄姉よ、市場が戸口で開かれている間に買いなさい。太陽が照り輝き、天候が良いうちに集め

なさい。恵みの神のみことばがあるうちにそれを用いなさい。神のみことばの恵みは吹きよせるど

しゃ降りのようなもので、けっして前にあった所に帰らないからです。かつてみことばは、ユダヤ

人をおとずれたことがあります。しかし、去ってしまいました。今、ユダヤ人は、なにも持ってい

ません。パウロギリシャにたずさえました。そこからもまた去りました。今やそこにはトルコ人

がおります。ローマとイタリーの国々にもみことばはおとずれました。しかし、去りました。今、

彼らは教皇を持っています。そこで、ドイツの諸兄姉たちよ、あなたがたはみことばを永遠に持つ

ことができると考えてはなりません。恩知らずと軽蔑のあるところにみことばはとどまらないから

です。ですから、すべての人はできるかぎり、しっかりと、とらえ、保ち続けましょう。怠惰な手

はわざわいの年を受けねばなりません。

             全ドイツ都市評議員にたいして、キリスト教学校を設立し、

             維持するようにとのすすめ