船越通信癸隠僑検 。横娃隠看7月13日
・7月6日(日)は大変忙しい日曜日になりました。礼拝後すぐに臨時教会総会を開催しました。
数か月前に町内会の役員と思われる二人の方が教会にいらして、道路側の教会の崖から落石があっ
たという苦情が寄せられたので、横須賀市に行ったが、崖の所有者に直接言って欲しいと言われて
来たというのです。その苦情を聞いて、教会として対処しなければならないということになり、い
ろいろと調べた結果、崖の法面に落石防護網をかけることにしました。加えて崖上のブロック塀を
撤去しフェンスを設置することにしました。この二つの工事にかかる費用が、現在の船越教会の預
貯金を取り崩して支払える範囲ということで、6日の臨時教会総会で承認して、業者に工事を発注
しました。11日に業者が来て、工事の手順を説明してくれました。天候にもよりますが、今週中
(13日の週)には崖もフェンスも工事が終わるのではないかと思います。
・6日は臨時教会総会を終えてから、相談会を持ちました。案件は、私の裁判が最高裁上告棄却で
終わりましたので、船越教会の代務者をどなたかにお願いするということです。現在の船越教会の
代務者は私になっています。私が紅葉坂教会の牧師時代に、故田中牧子牧師が船越教会を辞任した
後、私が船越教会の代務者に就任しました。その後私の戒規免職問題が起きて、2011年4月から私
は船越教会の牧師として就任し、就任式もK牧師に司式をお願いして行いましたが、この私の船越
教会牧師就任は、教団教区からは正式には認められていません。船越教会における私の牧師就任申
請は教区に提出しましたが、返戻されています。教区でも船越教会の牧師は、教区総会議案書の議
員名簿では空欄にしています。ただ、神奈川教区は教区形成基本方針によって問題の当事者である
私を切り捨てず、常置委員会による推薦議員として教区総会議員にしています。教団・教区におい
てはそれでよいのですが、代務者は宗教法人の代表役員になりますので、私の裁判が終了した以上、
これまでは教団との間で裁判が行われているからという理由がありましたが、それがなくなります
ので、教団教師のどなたかに船越教会の代務者をお願いすることにしたいということを、相談会で
皆さんに諮りました。すでにS牧師が船越教会の代務者を引き受けてくださることを了解してくだ
さっていますので、そのことも皆さんにお知らせして、了解していただきました。正式には、その
日開催された役員会の議題にしてありましたので、相談会での確認を経て、役員会で承認しました。
・6日は相談会後、昼食会があり、みなで食卓を囲みました。そして昼食会後に7月の役員会があ
りました。私は役員会終了後、しばらく船越教会で休み、この日18:30から紅葉坂教会で開かれる
私の支援会の集まりに行きました。この集まりでは、6月29日の私の支援会の集まりで、最高裁上
告棄却を受けて支援会としての意見広告をキリスト新聞とクリスチャン新聞に一面広告として出す
ことが決まっていましたので、その意見広告の文案検討が行われました。また、大阪の出前集会を
含めて三つの支援会の集会について話し合い、今後の活動について意見交換しました。
・この日は支援会の集まりが終わると、いつもの会食はせずに、まっすぐ鶴巻に帰り、集まりで出
た意見広告の文案修正をして、意見広告の原稿を完成させました。その完成原稿を支援会副代表の
Sさんに送り、キリスト新聞とクリスチャン新聞の送る紙面にしてもらって、両新聞編集者にSさん
の方から送ってもらうようにしました。そのためにはパソコンの技術が必要で、Sさんには大変お世
話になりました。Sさんから11日に両新聞に入稿してもらいました。両新聞には7月27日号に一面意
見広告が掲載されることになりました。
・8日(火)は農伝の説教演習にいきました。夏休み前の最後になります。この日神奈川教区事務
所から私宛に送られた教団教師委員会からの封書が転送されてきました。
手紙の内容は私との面談をしたいということです。以下がその手紙の内容です。
・<「教団教師委員会との面談について」/主の御名を賛美いたします。/先日開催された第5回
教師委員会で、戒規施行細則第8条に基づく教師委員会と北村教師との面談を行うことが可決され
ました。教師委員会としては、北村教師が悔い改めを経て、免職から復帰されますことを祈り求め
ています。/こちらの都合で申し訳ありませんが、下記にある日程と場所にて面談を行いたいと思
っております。/日々お忙しくお過ごしのことと存じますが、何卒ご予定くださいますようお願い
いたします。/先生のご健康とお働きの上に、主の御導きが豊かにございますようお祈りいたしま
す。/栄光在主/記/日程・会場 2014年7月15日(火)午後2時教団会議室にて>
・私はこの面談を受けることにしました。受けるに当たって、教師委員全員7名に、私が教師委員会
による戒規免職に至るまでの資料と教師委員会の改訂前と改訂後の戒規に関する内規の条文を同封
して手紙を書き、面談に当たってまず私からの問いにお答えくださいとお願いしました。⑴教師委
員としての皆さんは、私が松井睦委員長の時に教師委員会(以下旧教師委員会)が私をどういうプ
ロセスで戒規免職したのかご存知ですか? その過程で二人の教師委員が辞任されたこともご存知
ですか。⑵旧教師委員会が戒規に関する内規を改訂して、私を免職処分にしましたが、改訂前の内
規と改訂後の内規をご存知ですか。⑶現教師委員会は、この旧教師委員会の私に対する戒規免職処
分を認めているのですか? ⑷とすれば、T教会の一信徒の戒規発動要請に対して、あなた方現教
師委員会は、先例集96を根拠になぜ受理しなかったのでしょうか。矛盾するのではないでしょう
か。この私の問いに教師委員はどう答えてくるかわかりませんが、こちらとしては真正面から向か
い合いたいと思っています。
・12日の土曜日午後2時から六角橋教会で部落差別「狭山事件」の石川一雄さん本人のお話があり、
土曜日で暑かったのでパスしようと思いましたが、思い直してでかけました。石川さんのお話をお
聞きして、警察・検察のやり方と、事柄は全く違いますし、痛みの重さも比べようがありませんが、
私の戒規免職処分を行った教団のやり方と何だか共通しているものを感じてしまいました。石川さ
んは肉も魚も食べず健康を維持し、何とか再審・無罪を勝ち取るまで生きていたいと言われたのが
印象的でした。