なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

使徒言行録による説教(80)

        徒言行録による説教(80):使徒言行録21:37-22:5、

・今日の使徒言行録の箇所は、新共同訳聖書の表題では「パウロ、弁明する」となっています。事実22章1節以

下にパウロの弁明が記されているわけでありますが、このようなパウロの弁明は実際にあり得たのでしょうか。

使徒言行録が記していますパウロの状況は、群衆に殴られていたところをローマの兵士がパウロを救出しまし

た。それはパウロを暴行の被害者として保護したというのではなく、むしろ犯罪の容疑者としてローマの千人

隊長がパウロを拘束したのです。そして群衆の興奮がますますはげしくなり、その場では取り調べができなく

て、パウロを兵営に連れて行こうとしました。兵営は神殿の北側にあるアントニオ城と呼ばれる建物の中にあ

りました。そこには神殿の異邦人の庭から階段を上っていくことができました。パウロは、ローマの兵士に担

がれてその階段を上って兵営に連れていかれる途中で、千人隊長に「ひと言お話ししてもよろしいでしょうか

(原文では「あなたに対して何か言うことは、私に許されていますか」という丁寧な言い方です)と話しかけ

たのです。話しかけられた千人隊長は、パウロギリシャ語で丁寧な言い方で話しかけてきたのに驚いて、次

のようにパウロに問い返しました。「ギリシャ語を話せるのか。それならお前は、最近反乱を起こし、四千人

の暗殺者を引き連れて荒れ野へ行った、あのエジプト人ではないのか」(37,38節)。当時エジプトでもロー

マの公用語ギリシャ語が話されていたので、反乱を起こしたエジプト人パウロとが同一人物ではないかと、

千人隊長は考えたということでしょう。暗殺者やこのような反乱を起こしたエジプト人の事件は、ヨセフスの

ユダヤ戦記』にも記されています。パウロは、千人隊長の問いに対して、<「わたしは確かにユダヤ人です

。キリキア州のれっきとした町、タルソスの市民です。どうか話をさせてください」。>と、再度話をさせて

くださいと千人隊長に頼みます。すると千人隊長は、パウロが話すことを<許可したので、パウロは階段の上

に立ち、民衆を手で制した。すっかり静かになったとき、パウロヘブライ語で話し始めた>(40節)という

のです。

(中略)

・さて、弁明を国語辞典で調べますと、「みんなの前で、自分のとった行動の理由・事情を説明し、その正当

さを証明すること」という意味になります。このことからしますと、「弁明する」とは、自己弁護を意味する

と思われます。ではパウロの弁明は自己正当化としての自己弁護なのでしょうか。しかし、使徒言行録に記さ

れていますパウロの弁明は、自分の正当さを証明する自己弁護というようなものではなく、自分はいかにイエ

ス・キリストによって変えられたのかということ語っているのであります。このパウロの弁明は、弁明という

よりも、むしろ証言と言う方がふさわしいと思われます。

・21章28節のところを見ますと、パウロは「この男は、民と律法とこの場所(神殿)を無視することを、至る

ところでだれにでも教えている。その上、ギリシャ人を境内に連れ込んで、この聖なる場所を汚してしまった」

というあらぬ嫌疑をかけられたことが記されています。ですからその疑いを晴らすために弁明するのが普通の

仕方ではないかと思います。ところが、パウロは、そういう意味では自分のために弁明してはいません。

神の民であるイスラエルについて、律法について、またエルサレム神殿について、パウロがそれらを無視して

いるとか、汚しているとかいう非難に、直接に応える弁明は、この記事の中には出てきません。

パウロは弁明において、まず自分のことを語っていますが、それはいかにイエス・キリストが自分を変えて

くださったかということを明らかにするためでした。そのためにパウロは、キリストに出会って変えられる前

の自分は、目の前にいるユダヤの人々と同じだったということを説明しているのです。それは第一に、律法を

熱心に守るという点でユダヤ人と自分は全く同じであると言うのです。「わたしは、キリキア州のタルソスで

生まれたユダヤ人です。そしてこの都で育ち、ガマリエルのもとで先祖の律法について厳しい教育を受け、今

日の皆さんと同じように、熱心に神に仕えていました」(3節)。タルソスは小アジアの地中海側の付け根の

あたりにありますローマ帝国キリキア州の州都でした。亜麻布の生産などのよって経済的に繁栄しており、文

化的にも高い都市でした。タルソス生まれのパウロは、エルサレムの都でユダヤ人としての最高水準の教育を

受けました。ガマリエルは新約聖書の時代の高名なユダヤ教の教師で、当時もっとも尊敬されていた人の一人

でした。ガマリエルのもとで教育を受けたとうことは、パウロユダヤ教のいわばエリートであったというこ

とを示しています。

・そして、信仰の姿勢も中途半端ではなく、熱心なものでした。その熱心さがキリスト教徒への迫害という形

で現れました。「わたしはこの道(キリスト教のこと)を迫害し、男女を問わず縛り上げて獄に投じ、殺すこ

とさえしたのです。このことについては、大祭司も長老会全体も、わたしのために証言してくれます。実は、

この人たちからダマスコにいる同志にあてた手紙までもらい、その地にいる者たちを縛り上げ、エルサレム

連行して処罰するために出かけて行ったのです」(4,5節)。パウロキリスト教の迫害の先頭に立っていた人

物でした。エルサレム教会の奉仕者ステファノの殺害に加わり、その後も「家から家へと押し入って教会を荒

らし、男女を問わず引き出して牢に送っていた」(8:3)のでした。そして、大祭司からエルサレムだけでなく、

シリアのダマスコでもキリスト者を迫害する権限を与えられて、ダマスコへと向かっていたのです。

・ですから、キリスト者を迫害する者としては、かつてのパウロは誰よりも激しく攻撃的な人でした。パウロ

は、ユダヤ人に向かって、かつての自分はあなたたちと同じように、それ以上にキリスト教を迫害していたと

言っているのです。パウロがこのように自分の過去を語っているのは、単にユダヤ人の民衆に親近感を抱いて

もらって、敵意を和らげてもらおうということではありません。そうではなく、かつてはあなたたちと同じよ

うに、またあなたたち以上にキリスト教を迫害していた私がキリストを信じる者に変えられたということを証

しするためでした。すなわち、パウロ自身のことを言うためではなく、パウロを変えてくださったキリストの

ことを証しするためだったのです。(以上は、ほぼ三好明による)。

・この使徒言行録の記事はルカが書いたものですが、このことはパウロ自身の手紙であるフィリピの信徒への

手紙3章5節以下で、パウロ自身も語っていることです。少し長くなりますがその所を引用させてもらいます。

<わたしは生まれて八日目に割礼を受け、イスラエルの民に属し、ベニヤミン族の出身で、ヘブライ人の中の

ヘブライ人です。律法に関してはファリサイ派の一員、熱心さの点では教会の迫害者、律法の義については非

のうちどころのない者でした。しかし、わたしにとって有利であったこれらのことを、キリストのゆえに損失

と見なすようになったのです。そればかりか、わたしの主キリスト・イエスを知ることのあまりのすばらしさ

に、今は他の一切を損失とみなしています。キリストのゆえに、わたしはすべてを失いましたが、それらを塵

あくたと見なしています。キリストを得、キリストの内にいる者と認められるためです。わたしには、律法か

ら生じる自分の義ではなく、キリストへの信仰による義、信仰に基づいて神から与えられる義があります。わ

たしは、キリストとその復活の力とを知り、その苦しみにあずかって、その死の姿にあやかりながら、何とか

して死者の中からの復活に達したいのです>(7-11節)。

・ですから、「パウロ、弁明する」とは、内容的には、パウロの自己弁護ではなく、イエスとの出会いによって

いかに自分が変えられたのかというキリスト証言です。ユダヤ人によるリンチに遭って殺されかけて、その騒ぎ

に介入してきたローマの兵隊によって助けられますが、その救済は本当の救済ではありませんでした。パウロ

ローマによって犯罪人として裁かれることになっていくのであります。その迫害と苦難の中で、パウロはその迫

害と苦難を逃れるために自分の正しさを主張する自己弁護の弁明ではなく、キリストによって自分が変えられた

ことを証言するのです。

・戦時下の日本基督教団に属する信仰者の多くは、国家の戦争遂行の中で、文字通りの自己弁護の弁明に終始し

たのではないでしょうか。ここでパウロの弁明がもっている、自分が変えられたキリスト証言である弁明を貫く

ことができなかったのではないでしょうか。

・今日は8月の最後の日曜日です。8月は、私たちにとって戦争について、平和について、また教会(教団)の罪

責について考える特別な月です。最後にバルメン宣言の一節を読んで終わりたいと思います。バルメン宣言はナ

チズムの時代に言い表された告白です。前文にはこのように言われています。<われわれは、教会を荒廃させ、

そのことによってドイツ福音主義教会の一致をも破壌する「ドイツ・キリスト者」および今日のドイツ教会当局

の誤謬に直面して、次の福音主義的諸真理を告白する>。六つのテーゼがありますが、その第1と第2を読んで

終わります。<第1テーゼ:「わたしは道であり、真理であり、命である。だれもわたしによらないでは、父の

みもとに行くことができない」(ヨハネによる福音書14・6)/「よくよくあなたがたに言っておく。わたし

は羊の門である。わたしより前に来た人は、みな盗人であり、強盗である。わたしは門である。わたしを通って

入る者は救われる」(ヨハネによる福音書10・7、9)/聖書においてわれわれに証しされているイエス・キ

リストは、われわれが聞くべき、またわれわれが生と死において信頼し服従すべき神の唯一の御言葉である。/

教会がその宣教の源として、神のこの唯一の御言葉のほかに、またそれと並んで、さらに他の出来事や力、現象

や真理を、神の啓示として承認しうるとか、承認しなければならないとかいう誤った教えを、われわれは退ける。

/第2テーゼ:「キリストは神に立てられて、わたしたちの知恵となり、義と聖とあがないとになられたのであ

る」(コリントの信徒への手紙一1・30)/イエス・キリストは、われわれのすべての罪の赦しについての神

の慰めであるのと同様に、またそれと同じ厳粛さをもって、彼は、われわれの全生活にたいする神の力ある要求

でもある。彼によってわれわれは、この世の神なき束縛から脱して、彼の被造物に対する自由な感謝にみちた奉

仕へと赴く喜ばしい解放を与えられる。/ われわれがイエス・キリストのものではなく他の主のものであるよ

うな、われわれの生の領域があるとか、われわれがイエス・キリストによる義認と聖化を必要としないような領

域があるとかいう誤った教えを、われわれは退ける。