なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

船越通信(372)

     船越通信、癸械沓押   。横娃隠固7月15日   北村慈郎


・8日(日)は礼拝後、Hさんの友人で「西南諸島自衛隊配備反対」のために、石垣島・さんだ農園のパ

イナップルを売って、それを資金に充てる運動をしている方から、Hさんがパイナップルを取り寄せてく

ださり、そのパイナップルが届きました。さっそく一つ切って、みんなで賞味しました。少し小ぶりです

が、みずみずしい美味しいパイナップルでした。私も一つ購入し、家でも味わうことが出来ました。いろ

んな運動の仕方があることを、パイナップルで改めて教えられました。石垣島のパイナップルを通して、

西南諸島に住む人びとのことが少し身近に感じられました。中国や共和国(北朝鮮)の脅威を煽り、自衛

隊の基地強化を目論む安倍政権の時代錯誤の政策の愚かさの犠牲に、西南諸島やそこに住む人びとをして

はなりません。横須賀の自衛隊基地も各所で新しい工事が行われています。ペリポート建設が問題になっ

ている船越の自衛隊の新庁舎(様々な司令部施設を集約した海上作戦センター)もそうですが、比与宇弾

薬庫の増強も計画しています。ミサイル防衛対応弾薬庫2棟を建設していますし、ほかにも弾薬庫4棟が

20年度までに整備される計画があり、すべて完成すると弾薬庫は現在の8棟から14棟になります。西南

諸島自衛隊配備反対と共に横須賀の海上自衛隊の強化も反対していきたいと思います。


・パイナップルをいただきながらしばらく懇談し、皆さんが散会した後、私は久しぶりに一人の青年と懇

談し、その後次週の準備をして、2階の牧師館で待っていた連れ合いと一緒に鶴巻に帰りました。


・9日(月)に、7月1日(日)に役員会の後、鎌倉湘南病院に見舞った紅葉坂教会の98歳の信徒の方が

召されて、11(水)の正午から紅葉坂教会で葬儀があるという知らせを、一人娘のNさんからもらい

ました。10日(火)は農伝の前期最後の授業があり、この日は先週程膝の調子が悪くなく、早目に野津

田のバス停に着きましたので、距離はありますが、緩やかな上りの道をゆっくり歩いて農伝校舎に行きま

した。暑い日でしたが、竹林の道や農伝に近い木々の茂みで日影ができている道に入ると、涼しく感じら

れ、時々一休みしながら楽ではありませんでしたが、前回ほど苦ではありませんでした。この日の授業は

一人欠席しましたが、今年の受講者は殆ど皆勤で、前期12回でこの日だけ一人欠席しただけです。毎回与

えられた課題も皆きちっと準備して担当しました。一度も出来なかったという人はいませんでした。こん

な学年は初めてです。そういうことで、前期の説教演習と説教学の授業は終わりました。後期は説教演習

だけになりますので、少し楽になるかも知れません。11日(水)は紅葉坂教会で行われた葬儀に出席

し、一度鶴巻に帰ってから、夜大和であった県央共闘会議幹事会に出席しました。午後9時頃鶴巻に帰り

ましたので、その後、この日はK牧師から通信第21号掲載原稿、荒井献さんの『キリスト教の再定義のた

めに』の書評寄稿文が私の所にメールで送られてくることになっていましたので、それを加えて、支援会

通信第21号の原稿をまとめ、編集レイアウトを頼んでいる名古屋のSさんに送りました。Sさんは12日に

早々と編集レイアウトをして初稿を送ってくれましたが、私はその初稿を午後10時過ぎにメールを開けて

見ましたので、それから校正して夜中に校正原稿をSさんに送りました。


・豪雨による西日本の水害による被災地域の広さと、川の氾濫や山間地域の土石流による被害の深刻さ

は、一日一日と新聞やテレビで死者と行方不明者の数が増えていくのを知るに従って、大変なことが起

こっているのだとの思いを強くさせられました。教団社会委員長の名で、「西日本豪雨緊急救援募金のお

願い」が来ています。募金期間:特に定めず。目標額:特に定めず。送金先:加入者名 日本基督教団

会委員会、郵便振替:00150-2-593699(通信欄に「西日本豪雨緊急救援募金」とお書きく

ださい。)どうぞご協力ください。教団の社会委員会からだけではなく、さまざまなところで救援募金を

集めていると思います。それぞれ思うところに従って、協力できればと願っています。


・12日(木)朝早く鶴巻から船越教会に来ました。外階段の昇降機「楽ちん号」の一年一回のメンテナ

ンスがどうしても12日の木曜日にできないかと、作業する人から連絡をもらいましたので、木曜日の朝

に船越教会に来たというわけです。10時頃作業する人が来て、約1時間ほど作業して、保守点検・修理工

事報告書に私が印を押し、その報告書の写しを置いて、「楽ちん号は余り乗っていませんね」と言われて

帰って行きました。実は今週の土曜日に、私の支援会の通信第21号を来週印刷発送するための用紙や封筒

を大量に購入していましたので、業者には階段の下に置いてもらって、それを楽ちん号に乗せて上まで運

び、キャスターで玄関まで持ってきました。楽ちん号が設置されてから、そのようにさせてもらっていま

すが、楽ちん号が設置される以前は、業者の方に下から教会の玄関まで、A3用紙2500枚入りの箱とA4角

2封筒1,000枚入りの箱を10箱前後担いてもってきてもらっていました。さすが25段の階段を上り下り

してその作業をすると、運送屋の方が結構お年寄りでしたので、終わって配送書類にハンコを押している

と、その方が荒い息になっているのが分かって、恐縮してしまいます。楽ちん号が設置されて、そういう

ことがなくなって、多少私の負担にはなりますが、気持ちは楽になっています。正に楽ちん号様々です。
 

・この日は別に受け取る荷物もありましたので、その荷物が午後1時頃到着しましたので、それを受け

取って、船越教会を出て、ひとりの方を保土ヶ谷の介護ホームに見舞ってから、鶴巻に戻りました。13

日(金)は午前11時予約の秦野日赤泌尿器科受診がありましたので、秦野日赤に行き診察を受け、次回10

月の受診の為の血液検査をしてから鶴巻に帰りました。この日は夜船越教会の聖書研究会がありましたの

で、午後3時過ぎに鶴巻から船越教会に来ました。聖書研究を終えて、Sさんから送られて来た、私の送っ

た校正原稿を反映させた通信第21号の第2稿の校正をしまいたが、校正箇所はなく、第2稿を完成原稿とす

ることにし、Sさんに連絡しました。