なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

船越通信(387)

     船越通信、癸械牽掘   。横娃隠固11月11日   北村慈郎


・11月4日(日)は永眠者記念礼拝でした。いつものように船越教会の関係者で既に天上の人になってい

ます方々の写真を講壇の前に置いて、その方々を偲びつつ、共に礼拝をしました。以前にお話したことが

あるかも知れませんが、私が神学校を出て最初に赴任した足立梅田教会では、当時教会堂は足立梅田教会

の牧師であり、青山学院中・高の宗教主任だった藤村靖一先生の自宅の一階部分でした。玄関を入ると会

堂があって、その奥に和室があります。そこが教会堂部分で、先生のご家族は2階部分を居室にしていま

した。全体が木造2階建ての家でした。玄関側に講壇があり、会堂の後方部分和室との区切りの壁上方

に、何枚か召天者の写真が掲げられています。あたかもその写真の方々も毎週日曜日の礼拝を出席者と共

に守っているようでした。後に聞いた話ですが、教会によっては名簿に召天会員の欄があるということで

す。死んだら教会の交わりから抜けてしまうのではなく、召天者会員として、現に存命している教会員と

変わらずに、教会構成員の一員であるというのです。「主に在る交わり」はそういうものかもしれない

と、その時思ったことを、今でも鮮明に覚えています。私は、船越教会の永眠者記念礼拝でも、講壇前に

置かれた写真の方々と共に礼拝に与かっていると思っています。永眠者記念礼拝には久しぶりにお会いす

る方もいらしていて、近況をお互に語り合うことができました。礼拝後はHさんが準備してくれま

したカレーの昼食を共にいただき、歓談の時を持ちました。この日は皆が散会する頃には雨が降り出して

いました。私は次週の準備をして、午後3時頃船越教会から鶴巻に向かいました。


・5日(月)は、連れ合いを訪ねて二人の方が鶴巻の自宅に来てくださいました。私を含めて4人でお昼

をいただき、その後私は自分の部屋で仕事をしましたが、二人の方は夕方近くまで連れ合いと話して帰っ

て行かれました。連れ合いは3日(土)も、彼女が理事長をしているNPO法人の15周年の音楽会に新横浜迄

行き来していますので、疲れが出ないか心配しましたが、白血球の数値が低いために9月27日以来抗がん

剤投与をしていませんので、案外元気でいますので安心しました。多少出かけたり、人と話す時を持つ方

が、感染症予防のために誰にも会わず、何処にも出かけないよりも、程度の問題はあるとして、本人も気

分が良いと思うので、体調の許す限りそういう時を持つようにと思っています。


・6日(火)は午後農伝の説教演習の責任を果たしてから、県庁に書類を届け、その後神奈川教区の常置

委員会に出席しました。この日の常置委員会では、M議長が骨折して入院中でしたので、F副議長が司会を

しました。諸報告の途中で、教師試験受験者の面接がありました。今回は教区の側に手違いがあって、受

験者に前以て神奈川教区形成基本方針を送ってなかったようで、教区形成基本方針を読んだうえでの受験

者の感想をお聞きすることが出来ませんでした。4人の方が教団の教師試験を受けて、教団の教師にな

る、それぞれの方の召命観をお聞きしました。常置委員会は4人の推薦を承認可決しました。この日の常

置委員会は、その他の議事もそれほど議論するものがなく、午後8時半前には終了しました。私は寿地区

活動委員会の報告の中で、寿地区センター主事には、運営規則の「主事」の項目には、「(1)本セン

ターに主事を1名置き、必要に応じて副主事1名を置くことができる。(2)主事・副主事の任免及び処遇

は、寿地区活動委員会が決定し、教区常置委員会の承認を受ける。(3)主事・副主事が教会担任教師以

外の教師の場合は、教務教師とする。」とあるが、ー膸?篭技佞任呂覆信徒でも可能か? この運営規

則を読む限り可能であると思うが、教区としての確認をお願いした。⊆膸?信徒の場合でも、寿地区セ

ンター主事は教区総会の常置委員会推薦正議員に成れるか?信徒の主事も教区を介して厚生年金加入は

可能か?という質問をし、教区四役乃至常置委員会としての回答をお願いしました。この日は、常置委員

会終了後、有志による会食は失礼して、すぐに帰途につきました。それでも鶴巻の自宅に着いたのは、午

後10時少し過ぎていました。


・8日(木)は連れ合いが病院に行く日でした。朝8時前に鶴巻の自宅を出て、小田急鶴巻温泉駅から次

伊勢原駅まで電車で行き、伊勢原から東海大学病院行のバスで病院まで行きました。検査室で血液と尿

の検査をして、癌の方の診察を約2時間待って受けました。血液の数値の説明と、先日受けたCTの結果

を、画像を見せてくれて説明を受けました。癌の数値も下がっていますし、画像も癌細胞が小さくなって

いました。この日はまだ十分に白血球の数値が回復してはいないが、抗がん剤投与はすることになりまし

た。化学療法室で約2時間点滴を受け、24時間の抗がん剤が入った容器を身に着けて、その後糖尿病の関

係の診察を受けて、午後4時過ぎに病院玄関でタクシーに乗り鶴巻に帰って来ました。ほぼ一日がかりで

した。


・9日(金)は午後6時半から紅葉坂教会で私の支援会の世話人・事務局会がありました。この日は教団

総会のこと、特に教団総会会期中の支援会「全国交流集会」の感想を話し合いました。また、教団総会中

に配布したリーフレットのこと、今後の活動計画などの話をしました。リーフレットは、少し改訂して、

必要な数だけ印刷することになりました。また、いろいろな方法を通して、このリーフレットをより多く

の信徒の方の手に届くように考え合いました。そして来年4月の支援会総会の日程を決め、教団総会と全

国交流集会の報告を中心に、来年1月に通信第22号を発行することにしました。通信第22号はリーフレッ

トと共に支援者と教団の教会・伝道所全てに送り、支援者には更に4月の総会案内も同封することにしま

した。「教師免職処分の実態」というリーフレットの反応は好評のようです。


・10日(土)は、13:30~16:00溝ノ口教会で教区の宣教方策会議がありました。私も寿地区活動委員会

の委員長として出席しました。この宣教方策会議は、「2019年度 神奈川教区活動基本方策案および活動

計画案」と各地区、各委員会の活動計画案および予算案を検討し、それを承認して、常置委員会への原案

をつくることが目的とする会です。その原案が常置委員会によって修正可決されて、教区総会議案になり

ます。午後4時過ぎに終わり、船越教会には午後6時頃着きました。