なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

船越通信(404)

 ここ2週間ほどなかなか時間が取れす、ブログに記事をアップすることが出来ませんでしたが、やっと

時間が取れるようになりましたので、3月17日の船越通信を掲載します。    


     船越通信、癸苅娃粥   。横娃隠糠3月17日   北村慈郎


・10日の日曜日は礼拝後、いつものように残れる人でお茶を飲みながら懇談して散会しました。懇談中

に土地問題の手続き書類(教団への同意申請)の準備をさせてもらい、必要な方からの印鑑を書類に押印

してもらいました。皆が散会した後、私は来週の準備をしてから船越教会をでました。鶴巻に帰る途中、

蒔田の教区事務所のポストに教団に出す申請書類を入れて来ました。これで教団への申請は全て終わりま

した。


・11日(月)は、連れ合いが理事長を務めている、相鉄西横浜駅の近くにある重度の障がいを持つ子ど

もの家族支援をしているNPO法人に、半年ぶりになりますが、病気になってから初めて出かけて行きまし

た。私も行き帰りに同伴しました。この日は最初雨ではないかという天気予報でしたが、からっと晴れた

暖かな一日でした。お昼前にその事務所に着きましたので、その後私は久保町、藤棚商店街を一人で歩き

ました。関東学院の高校時代、私は久保町の友人の家によく来ていましたので、昔を思い出し、その当時

の商店街の賑わいが全くなくなっている寂しさを感じながら、ゆっくり歩きました。久保町の方ら歩い

て、昔市電が通っていた、私はその市電で三春台の関東学院に通っていたのですが、その通りを横切っ

て、藤棚商店街に入るとすぐ右手に、昔は薬局と洋品店があり、どちらも私の同級生の家でした。洋品店

の方は今もありますが、薬局の方は近くにドラックストアがあって、小売店としてはなくなっていたよう

に思います。藤棚商店街も、紅葉坂教会の牧師時代には時々通りましたが、その時と比べても大分開いて

いるお店が少なくなっているように感じました。西前のところを左に行き、西前小学校を見て、一号線に

出て、京急戸部駅から横浜駅に出ました。その頃既に午後1時近くになっていましたの、お昼を食べ、買

い物をして時間を潰し、約束の午後3時過ぎにNPO法人事務所の前で連れ合いと落ち合い、鶴巻に帰って来

ました。連れ合いは病気になってからはじめての本格的な外出でしたが、帰ってからも元気で安心しまし

た。


・11日(火)は、午前中船越教会の土地問題で横須賀の司法書士から電話があり、登記のために必要な

船越教会側の書類の中に、代表役員のS先生の身分証明が必要ということなので、私はS先生に連絡し、午

後今週一杯入院しておられる千葉の病院に伺いました。千葉の中央区にある病院ですが、鶴巻の私の自宅

からだと片道約3時間強かかります。この日先生は午後4時半ごろまでに透析が終わるので、その後であれ

ば会えるということで、その時間に合わせて鶴巻を午後1時半ごろに出ました。

病院に着いたのが、午後4時半過ぎでした。透析が終わって病室におられた先生をお訪ねし、病院内の談

話室で私の支援会のことでも先生にお話がありましたので、打ち合わせをして、お祈りして別れました。

私は先生からお借りした身分証明書を病院近くのコンビニでコピーさせてもらって、身分証明書を先生に

お返ししてから、病院を後にして、鶴巻に帰ってきました。


・12日(水)は、夜予定していた集まりへの出席を取りやめて、寿地区センターのことで急遽一人の方

と会って、横浜駅前SOGOの中にあるお店で食事をしながら話をしました。15日(金)夜には寿地区活動

委員会がありました。3月の委員会ですので、教区に出す年度報告原案を前以て私が書いて準備し、委員

の皆さんに配布し、4月の委員会までに読んで修正意見があれば出してもらうようにしました。2019年寿

地区センター講演会は、5月25日(土)13:30~15:30紅葉坂教会で行います。講師は横須賀社会館館長を

長く勤められた阿部志郎さんです。寿地区活動委員会の委員を長く担ってくださったH・Iさんとも深

い関係にある方で、一昨年11月に召されたH・Iさんを覚えて、阿部志郎さんは寿の活動とは直接関係

を持ってはいませんが、今回講師にお願いしました。寿地区活動委員会では、毎月の委員会ではなかなか

委員同士の間で自由な話し合いができないので、委員による修養会をもちたいという一人の委員の強い希

望で、昨年6月に船越教会を会場にして一泊の修養会を持ちました。参加した委員は皆その修養会がよ

かったということで、今年も行うことにしました。委員会を終えた後、この日は船越教会に来ました。1

7日(土)11:30から行われる故Kさんのお別れ会に出席するためです。


・この週は、今月24日(日)~25日(月)に神戸で行われる「沖縄から米軍撤去を求め、教団『合同の

とらえなおし』をすすめる連絡会」全国集会で、私は「合同50年にあたって~その歴史を検証する~」と

いうテーマで発題をしなければなりませんので、その最後の準備に当てる予定をしていましたが、なかな

か時間が取れずに、来週ギリギリまでかかりそうです。何とか自分なりの総括をまとめたいと思っていま

す。問題は、少なくとも現在の教団レベルの領域では「合同のとらえなおし」の作業は頓挫したままです

ので、教区、各個教会・伝道所、信徒・教職個々人として、「合同のとらえなおし」の課題をどう継続し

て担えるのか、その可能性を探っていきたいと思っています。


・16日(土)は船越教会で起床し、11時30分から16号線沿いの田浦方面船越隊道のトンネルを出てすぐ

の所にある葬祭場で行われる故Kさんのお別れ会に出席するために、午前10時半過ぎにヒムプレイヤーを

持って出かけました。11時15分頃葬祭場に入り、お別れ会をする部屋で既にいらしていた故人遺族のwさ

んに挨拶して、ヒムプレイヤーの準備をして待ちました。教会からは私の他に4人が出席しました。故人

のお骨を持ってくるご家族の方を待ってからお別れ会を始めました。最初に遺族代表のWさんから、故人

の晩年の状況と本人の希望による献体、大学病院から戻されてからの家族による火葬の報告がありまし

た。その後皆で讃美歌「慈しみ深き友なるイエスは」を歌い、Hさんが教会を代表して故人の思い出を短

く語り、最後に皆で献花してお別れ会を終えました。短くはありましたが、心のこもったよい会でした。

気骨のある生前の故人を思い出しました。その後墓地への納骨などがありましたが、私はお別れ会だけで

失礼しました。