なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

父北村雨垂とその作品(210)

 昨日は、前日夜船越教会に泊まり、教会員の方の自動車をお借りし、朝からシャワーの会(路上生活者

のパトロール)に3人で出かけました。午前中で終わり、京急横須賀中央で2人と別れ、鶴巻に帰ってきま

した。

 さて、今日は「父北村雨垂とその作品(210)」を掲載します。

    

             父北村雨垂とその作品(210)
  
  原稿日記「風雪」から(その29)


 山本玄峯師がその著『無門関提唱』に於いて語る『正魂玉』はベルグソン云うところのエラン・ヴィタ

ールと同型のものと考えられると云うも、識者は開けた口が閉(ふ)さがらぬ程に驚き且つわらうであろう

が、併し私は確信をもってそれと断言する用意がある。それは玄峯師の正魂玉は師のさんたんたる修行の

結果とらえた禅者の実存に於ける感触から把握した根源そのものの姿勢であり且つその姿勢そのものの吐

く意気をそのまま表白したものであり、ベルグソンは哲学者として考究の結果把えた思想で在り、そこに

体そのものの覚と智そのものの単なる意識との相違である。

                         1985年(昭和60年)5月8日

 この私の評言は西田、田辺両博士の論理にも大体においてではあるが、あてはまるものと私は考えてい

る。



 その詩人はその作品を観賞することを強要はしない。詩はその読者を撰らぶ様に読者は読者自身の感性

に水準をおいて作品にそれを強要する。

                         1985年(昭和60年)5月10日


 仏教特に禅者は宇宙に於いての世界形成を『無』と云う言語記號に於いて表現しようと試みた。そして

この記號によって「形成し世界」伝達する事に心血をそそいだ喝、釋(しゃく)などあらゆる機会と動機

に於いてこれをその伝達に補力として用いた座禅、行脚等修行等の補助態として盛んに行使した。そして

それに依って後人を指導したものと考えられる。

                         1985年(昭和60年)6月15日


 自己の思想自身の本質、思想そのものの本質を語る事伝達する方途は一般には如何にしても完全に語り

得るものでないことは、哲学者ベルグソン自身が身に浸みて語るところが彼の著作『分析と直観』の中

(世界の名著のp.66)で語られている。

                        1985年(昭和60年)6月15日記す


 デカルトは「存在」について「コギト・エルゴ・スム」即ち私が考える故に在るつまり存在すると表明

して存在を確認すると共に確証したと世界の思想家の賞賛を受けた。しかし禅者はそれを全面的には肯定

したであらうか。私は「否」と対応したい。私の考えでは、コギト即ち「私が考える」に実在そのものは

決して証明せられない。と云うのは私の存在の根源を観ようとしていない。言い換えれば、吾々の存在の

基体をなすものはもともと現象の世界に於いて生成された存在であり、その現象世界が宇宙なる「無」若

しくは「空」が基体であると禅者の直観が指摘するからである。故に私はこのデカルトのコギト・エル

ゴ・スムにnicht若しくはneを「追加」とか「だが」と附言せねばならない。そこに「存在」の眞影が写

し出されるのであると少なくとも私は考える。
    
                         1985年(昭和60年)7月20日