なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

軌跡(1)

 私が神学校を出て最初に赴任した教会は、東京の下町にある足立梅田教会です。1969年4月になります。

2年くらい経ってから月報を出すようにしました。月報には、足立梅田教会の営みの他に、当時の教団の

状況や問題になっていることを知らせなければと思って、他からの転載や私が書いたりして月報に掲載し

ました。足立梅田教会の月報、紅葉坂教会の教会だより、御器所教会の機関紙「つのぶえ」から、いろい

ろな文書をこのブログに転載して、私が牧師になってからの自分史の軌跡を振り返ってみたいと思います。


            「信仰・階級・市民」飯沼二郎 (教団新報より)
             
                       (1971・6 月報 日本基督教団足立梅田教会)


 その一 ルターの誤謬

 キリスト者として歴史創造にかかわりをもった、最も代表的な人物の一人として、まずルターをあげる

ことができよう。ルターの存在を抜きにしては、その後の世界の歴史を考えられない。ローマ法皇の巨大

な権威に対して、彼は、文字どおり命がけで、信仰の自由を守りぬいたのであった。

 ところが、このようなルターが、彼の言葉をひとつの動機として起こった農民戦争において、農民を裏

切ったといわれている。彼は、最初のうちは農民を支援していたが、戦争が激化するにつれて、しだいに

農民の側からはなれていき、最後には野獣のごとき農民をうち殺せと領主にけしかけるまでにいたったの

である。ことわっておくが、農民たちは、城や僧院の酒倉を占拠して、酔いにまかせて器物を破損するよ

うなことはあったとはいえ、殺人はほとんどおっこなっていない。ルターが、このような裏切り行為をお

こなったのは、領主にとりいって、わが身の安全と布教の便宜とを得るためであったという人がある。し

かし、ルターほどの偉大な信仰者が、みずからの信仰に反してまでもわが身の安全と布教の便宜を得よう

としたとは、考えることができない。そのような解釈は、信仰を守るために、みずからの命をかえりみな

かったあのルターの姿と、とうてい整合しないからである。

 わたしは、やはり、このような裏切り行為の原因を、彼の世俗的な配慮のうちにではなしに、信仰その

もののうちに見いださなければならないと思う。ルターは生涯、みずからのエゴイズムの克服に悩みぬい

た人である。そして、その結果、ついに到達した彼の信仰は一切のおこないなしに、ただ信仰のみによっ

て義とされるということであった。神の言葉によってエゴイズムをうちくだかれた者は、すべてのものの

上に立つ自由な君主であって、なんびとにも従属しない。農奴であろうと奴隷であろうと、そのエゴイズ

ムをうちくだかれた者は、「すべてのものの上に立つ自由な君主」なのである。

 もちろん、このような信仰に間違いのあろうはずはない。しかし、あくまでも自分一個にのみとどめる

べき「信仰による自由」を、他人にまでおしおよぼそうとしたところに、ルターの間違いがあったのでは

ないか。すべての人は、信仰のみによって、真の自由に到達する可能性をもつ。しかし、それを他人にお

しつけようとするとき、宗教はアヘンに転化する。

 イエスは、いちばん大切ないましめは何かときかれたとき、「神を愛し、隣人を愛せよ。これより大切

ないましめはない」とおしえられた。「隣り人を愛する」とは、自分のいちばんよいと思うことを、相手

かまわず押し付けることではなしに(好意のおしつけほど、かなわないものはない)、相手の身になって、

相手のいちばん欲していることを、してあげることである。人間にとって最大の幸福とは、個を確立する

こと、自分が自分になるということ、神からあたえられた天分を完全に開花させることだとするならば、

「隣り人を愛する」とは、隣り人の個の確立のために、なしうる一切の力をつくすということにほかなら

ないであろう。

 ところで、隣り人にたいして、個の確立をつよく阻止しているのは、結局、その人みずからのうちなる

エゴイズムとともに、外なる社会的抑圧、階級的エゴイズムである。ルターの誤謬は、内なる個人的エゴ

イズムにのみ目をとめ、外なる階級的エゴイズムに気づかなかったところにあった。ルターが「いかなる

状態にあろうと、個人的エゴイズムからうちくだかれるとき、真に自由になるのだ」と農奴たちにおしえ

るとき、その言葉を手がかりにして、支配階級なる領主の階級的エゴイズムが、ひとりひとりの農奴の魂

にまで貫徹されていったのである。キリスト者の最も陥りやすい陥穽が、ここにある。
                             
                                      (その二に続く)